数日前にも書きましたが、
このところ、毎朝5時ぐらいから発声練習をしていたカラスの子(子と呼ぶにはデカイ)。
今朝もほぼ定時に始まりました。
あいかわらずアヒルみたいな声。
そんなに時間がかかるものなのかな~。
と、声のするほうを窓ごしに見てみると、屋根から落ちていたような子が
しっかり電柱のてっぺんにいました。
どうやら飛び方と留まり方は習得したらしいけれど、
なにしろ、啼き声がカラスじゃな~~い。
でもふとした思いつきなのか、音程がググッと高くなったら、
「あれ? ちょっといいんじゃないの?」という調子になり
(何となく本人もそう感じているような…)
何とか調子をキープしようと必死な感じ。
いいぞいいぞ! と思っていたのに、
少し休んで再び啼き始めたら……あらら、もとに戻っちゃった。
でも、コツは掴んだようでした。
毎日の必死さを聞いてきたので、そりゃ~~、嬉しかったなぁ。
そして笑えました。
そうそう、
カラスの子が必死で啼いている間は、不思議と他の鳥が啼かないのです。
普段はカラスが啼いていても、ウグイスも雀も、その他名前のわからない全ての鳥たちも
おかまいなしに啼いているんですけどねぇ。
鳥たちは、この混雑した中で仲間の声を聞き取れるのかな~と思っていたけれど、
最近カラスの鳴き声レッスンを聞いていたら何となくわかったんです。
ラジオと同じ。周波数が違うんだ…と。
じつは、まったく違う空間使いをしているようなんですよね。
鳥の声に耳をすましていると、
空間に響き渡るエリアが何層にもなっているように聞こえるのですよ。
彼らには、仲間の声は聞こえても、他の声はさほど気にならないのでしょうね。
音としても、言葉としても…。
さてさて、カラスの子が、ようやくカラスらしくなってきたのを感じながら思ったのは、
あるべき姿になるにも、時間と努力が必要なんだなということ。
カラスになるしかないのでしょうが、カラスになるにも努力が必要なんですよね。
人間も人間にしかなれないけれど、さらに何をして生きるのか選択肢が多い人間は、
自分で認める自分の生き方にたどり着くのに、
時間がかかってしまうのも仕方ないのかもね。
悩める人がいたら、カラスの話をしてあげようと思います。
※あれ、いま聞こえてきたのは……セミ?
このところ、毎朝5時ぐらいから発声練習をしていたカラスの子(子と呼ぶにはデカイ)。
今朝もほぼ定時に始まりました。
あいかわらずアヒルみたいな声。
そんなに時間がかかるものなのかな~。
と、声のするほうを窓ごしに見てみると、屋根から落ちていたような子が
しっかり電柱のてっぺんにいました。
どうやら飛び方と留まり方は習得したらしいけれど、
なにしろ、啼き声がカラスじゃな~~い。
でもふとした思いつきなのか、音程がググッと高くなったら、
「あれ? ちょっといいんじゃないの?」という調子になり
(何となく本人もそう感じているような…)
何とか調子をキープしようと必死な感じ。
いいぞいいぞ! と思っていたのに、
少し休んで再び啼き始めたら……あらら、もとに戻っちゃった。
でも、コツは掴んだようでした。
毎日の必死さを聞いてきたので、そりゃ~~、嬉しかったなぁ。
そして笑えました。
そうそう、
カラスの子が必死で啼いている間は、不思議と他の鳥が啼かないのです。
普段はカラスが啼いていても、ウグイスも雀も、その他名前のわからない全ての鳥たちも
おかまいなしに啼いているんですけどねぇ。
鳥たちは、この混雑した中で仲間の声を聞き取れるのかな~と思っていたけれど、
最近カラスの鳴き声レッスンを聞いていたら何となくわかったんです。
ラジオと同じ。周波数が違うんだ…と。
じつは、まったく違う空間使いをしているようなんですよね。
鳥の声に耳をすましていると、
空間に響き渡るエリアが何層にもなっているように聞こえるのですよ。
彼らには、仲間の声は聞こえても、他の声はさほど気にならないのでしょうね。
音としても、言葉としても…。
さてさて、カラスの子が、ようやくカラスらしくなってきたのを感じながら思ったのは、
あるべき姿になるにも、時間と努力が必要なんだなということ。
カラスになるしかないのでしょうが、カラスになるにも努力が必要なんですよね。
人間も人間にしかなれないけれど、さらに何をして生きるのか選択肢が多い人間は、
自分で認める自分の生き方にたどり着くのに、
時間がかかってしまうのも仕方ないのかもね。
悩める人がいたら、カラスの話をしてあげようと思います。
※あれ、いま聞こえてきたのは……セミ?